1012号 「テックジャパン事件」
(最高裁第1小法廷 平成24年3月8日 判決)
時間外手当込みの基本給につき割増賃金の支払い義務があるとされた事例
時間外手当込みの基本給と割増賃金
解 説
〈事実の概要〉
本件は、IT業界に人材を派遣することを業とするY社(第1審被告)に契約社員(派遣労働者)として雇用されていたX(第1審原告)が、Y社に対して、@Y社が社会保険に加入させなかったこと、AXに有給休暇を取得させなかったことは不法行為に当たるとしてXが被った精神的損害に対する慰謝料の支払い(1審甲事件)、ならびにB平成17年5月から18年10月までの時間外手当および付加金の支払い(1審乙事件)を求めた事案である。
XとY社は、平成16年4月26日、契約期間を同年7月31日までとする雇用契約を締結し、その後18年12月31日まで雇用契約の更新を繰り返したが、同日をもってXはY社を退職した。Xは、本件雇用契約締結の際に賃金について、月間の稼働時間は140時間から180時間であれば月額基本給が41万円、稼働時間が180時間を超えた場合は1時間当たり2560円(41万円÷180時間)、稼働時間が140時間に満たない場合は1時間当たり2920円(41万円÷140時間)を控除する旨合意していた。有給休暇はないので、毎月の稼働時間の範囲で調整してほしい旨告げられていた。また、社会保険に関しては、手取り賃金を増やしたいのであれば、自分で国民健康保険、国民年金に加入する方法もある等の説明を受け、Xは雇用保険には入りたいと答えていた(Xは、Y社が所管する健康保険、厚生年金保険には加入していない)。
第1審(横浜地裁)は、上記@について10万円の慰謝料、Aについては2万円の慰謝料を認容し、Bについては次のように判示している。すなわち、XとYは、1か月当たり180時間までの労働について基本給41万円とする旨合意していたのであるから、所定労働時間である160時間を超え180時間までの割増部分を除く基本賃金については基本給41万円に含まれていた、したがって、160時間を超え180時間までの労働時間については1時間当たり2562・5円×0・25=641円の支払い義務があり、この分について合計12万円4611円、さらに平成17年6月には1か月180時間を超える部分があり、この部分については、12時間57分×2562・5円×1・25=4万2937円としている(なお、この分について支払い額との差額のみ付加金を認容)。
これに対してX控訴(Yも附帯控訴)。原審は、上記Bの後半部分のみ認容したが、前半部分については、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働中の時間外労働に対する時間外手当の請求権をその自由意思により放棄したものとしてXの請求を棄却した。
〈判決の要旨〉
一部破棄差戻し、一部棄却。最高裁は、平成6年6月13日の高知県観光事件の最判(集民172号673頁)の判旨を引きながら、月額41万円の基本給について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と37条1項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分を判別することができない以上、月間180時間を超える労働時間中の時間外労働のみならず、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働についても、月額41万円の基本給とは別に、同項の規定する割増賃金を支払う義務があるとした。また、原審の確定した事実関係の下では、Xが月間180時間以内の労働時間中の時間外労働について、自由な意思に基づき時間外手当の請求権を放棄したということはできないとした。
なお、櫻井裁判官の補足意見では、便宜的に毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば10時間分)の残業手当が算入されているものとして給与が支払われる場合、@その旨が雇用契約上明確にされており、A支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていることが必要であり、さらにB10時間を超える残業が行われた場合には、別途上乗せして残業手当を支給する旨明らかにされていなければならないが、本件の場合、そのようなあらかじめの合意も支給実態も認められないとしている。
本件は、特段目新しい判断が示されたものではないが、残業手当込みの賃金支払いに関して実務的に参照されるべき事例といえる。
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